二十歳のたびの完結編と

 シカゴのセントラル駅からアムトラックに乗り込むと、車内は予想外に穏やかな雰囲気だった。車社会のアメリカでは長距離列車を利用するのはお年寄りが多いようで、想像していたような荒んだバックパッカー客などはいない。更に各車両の最後列に乗務員が一人ずつ常駐しており、私の乗った二等車両にも身長190センチぐらいはありそうな陽気な黒人乗務員さんがいてあれこれ乗客に話し掛けており、私は一気に緊張がほぐれるのを感じた。

 パスポートとお財布だけは肌身離さず持っていたけど(当時はまだ現金とトラベラーズチェックを使っていたのでよくあるメッシュの巾着みたいなのに入れて服の中に隠してた)、あとは荷物置き場に置いても大丈夫と判断し、座席からの車窓に飽きたら展望車や食堂車、スナック(軽食)車などをぶらぶらして過ごした。

 一日目の夜は、乗客の中では比較的少数派である若いバックパッカー達が、スナック車に何となく集まっていたので私もそこに参加した。確かアメリカ人はほとんどいなくて、メキシコとかヨーロッパから来たひとり旅の男性ばかりだったように記憶している。ひとりがギターを弾き始めたりしてワイワイ話しながらぬるい瓶ビールとチップスで楽しい時を過ごした。座席に戻ってからも、二等車両の座席はフラットにならないし車輪の振動と摩擦音でほとんど眠れなかったが、若かったせいか疲れなど感じなかった。

 

 二日目にアルバカーキかどこかで列車が1時間休憩するというので私も列車を降りてストレッチしていると、アジア人男性と目が合った。すると彼が「日本人ですよね?」と日本語で話し掛けて来た。昨日から車内で見かけた唯一のアジア人だったから私も何となく気にはなっていたが、その顔立ちや体格の良さからみてアジア系アメリカ人だろうと思い込んでいたので、彼の関西訛りの日本語に少しびっくりしてしまった。

 少し立ち話をすると、彼は関西の大学に通う大学3年生のバックパッカーで、私と同い年だという事が分かった。彼は昨日から私に話しかけようかずっと迷っていたという。私たちはすぐに意気投合した。列車内に戻り、私が隣の席の女性に事情を説明すると、出発以来ずっとヒマワリの種ばかり食べているその女性は「あら、旅の友が出来て良かったわね」と言って快く彼と座席を交代してくれた。

 普段ならひとり旅を邪魔されるのは煩わしいと思うはずなのだが、彼は同い年にしては”ちょっと上等な男”という感じで、かつソフトで誠実そうな雰囲気を持っており、私はあと残り一日の旅の仲間として好ましく思った。

 

 それから二人で「何を勉強しているのか」とか「就職はどうする」とか「何で一人で列車旅なんかしてるんだ」とか話しているうちにあっという間にLAに到着し、そのままLAに数日間滞在するという彼とは駅で別れ、私は帰国の途についた。

 彼は関西、私は東京だが、連絡先は交換していたので、帰国後に何度か電話がかかってきて、数か月に一度手紙のやり取りもした(何で手紙だったのかよく覚えていないけど、携帯はまだ電話機能のみだったし、PCメールもそんなに頻繁に使わないような時代だったんじゃないかな…)。そして彼が何かの用事で東京に来た時に初めて二人で食事に行った。帰り際に彼が改まって「もし良かったら僕と付き合って欲しい」と言ったので、私は承諾した。

 

 しばらく遠距離で、彼が数回東京に会いに来てくれた他は電話で話すことしかできず寂しい状態が続いたが、大学卒業後、東京の商社に就職が決まった彼が上京してきた。私たちはこれでいつでも会えるね、と言ってデートを重ねた。でもその後、私が半年ほど海外に行くことになり、また遠距離恋愛が再開すると何となく気持ちがトーンダウンし、結局別れてしまった。

 

   こんな風に昔付き合っていた相手の事を思い出す時、今どうしてるのかなぁという想像の中には必ず、素敵な奥さんと可愛い子ども達に囲まれ、郊外の一軒家に住み仕事も充実している、いい感じに渋くなった男性の姿がある。それはきっと私が若い頃に何の気なしに手放してしまった理想の家庭像なんだろうと思う。

   もし彼らが私の事をふと思い出す事があるとしたら、その想像の中では私も理想の家庭を手に入れ、素敵に輝く女性であって欲しいなと願ってしまう。

f:id:shiofukin:20171007175833j:image